-
-
梨
匂いというものは、五感のうちで最も長く記憶に残りやすいらしい。
脳裏にこびりついたあらゆる香りは、再会する度過去の記憶を呼び覚ます。まるで、逃れることのできない呪いのように。.[1-a 梨]ここしばらくの間、出かけるときには決まってJo Maloneのイングリッシュペアー&フリージアをつけている。高いけどお気に入りだから、大事な人と会うとき以外は(たまの気まぐれを除いては)ほとんど付けなかった香水。人と会う、イコール肌を重ねることと直結していた私にとっては、いわばこれは破廉恥な匂いだ。ふわりふわりと淡い意識に、脳を掻き乱す梨の匂い。
眼鏡越しの世界史の板書、4階の窓から吹き込む涼やかな風。クラスメイトが一斉にたてる寝息。
そんな午後には決まってろくなことを考えないけれど、なんだか生きていると実感できる時間だ。恋人とデートするときも、嬉しくもない「可愛い」「気持ちいい」に耳を塞いだ嫌な思い出にも、常にそこには梨の匂いがあった。その匂いは触れ合う熱い温度と強く紐付いているし、同時に繋がった相手にもトラウマとなって棲みついたことだろう。「君の匂いだ」たった1度だけそう言われたことがある。たった1度もなにも、その彼としか2度目はなかったからに過ぎないが、私はその言葉の響きに達成感にも似た愉悦を感じた。彼は私を忘れても、Jo Maloneの前を通りがかって一番人気のこの香りを嗅ぐ度に必ず何か“引っかかる”。その「何か」が私だとわからないにしても、必ず脳はそれを懐かしむ物質を分泌する。
これは呪いだ。梨の匂いを通じて、私たち二人は全く同じ感情を共有するのだ。
一緒の呪いに、一緒に苦しむのだ。たったひとつその事実だけで、実質的な“勝ち”すら感じる。ざまあみろ。肺の奥まで吸い込んで、全身の血液から細胞の隅々に、その生白い指の先まで、あの夜の記憶に溺れて死んでゆけ。私がかけた呪い、私を縛る呪い。口角が上がってしまうほどに気持ちいい自傷。リストカットより、性行為より生暖かくて心地よい、100ml16000円の静脈血だ。.
(文章短くした&中心寄せと改行意識してみたけど、ちょっとは読みやすくなったかな??明日もまた正午にお会いしましょう。これらのポエムはすべてフィクションです)
【姫予約】
LINE▷@489zkzkz
-