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パチッ ①
「パチッ」
命が消える音がした。疎らに立った街灯に、蛾が、蝿が、光を求めて飛び込んだ者たちが。正の光走性をもつぼくらは、毎日、毎日、毎日、14時間おきに太陽が見えなくなると、どこにもいけなくなってあたたかい光に引き寄せられてしまう。ドアを開けたらややオレンジみがかった空間が出迎えてくれて、テーブルの上では少し冷めたビーフシチューが待っていて。大事な人がおかえりって言ってくれる。……なんてのは幻想で、実際はひとりでクタクタになりながら無骨なデカい鍵で建て付け悪いドアを開けて、自分の指で「パチッ」て真っッッッ白のLEDを点けて、寒くて冷たい部屋で何も貼ってない真っッッッ白の壁を見つめながらペヤングに注ぐ湯を一口ガスコンロで沸かすだけ。不思議な魅力があった。決して歌はうまくなかった。音域も広くなかった。脳に響くゴツゴツした低音と、悔しさまで感じるシャリシャリの高音を器用に使い分ける今日日のシンガーが腐るほどいる令和に、ときに耳障りなほどにまったく飾らない、直球の歌声。だけどそいつが作ったその言葉は、広辞苑には載ってないその言葉は、英語に訳せる単語を持たないその言葉は、荒削りだけど美しいビートに乗って、耳介から飛び込み鼓膜を揺らし、脳幹に直接作用する。脊髄をわたって、叩けないバスドラのリズムを足先がコピーする。無意識の反射で。何度も何度も何度もリピートして、隠されたパンチラインやリリックがふと耳に留まって、これってもしかして俺しか気づいてない!?なんてうぬぼれて、シンガーとの秘密を共有している気分になりながら、だれかに知ってほしいvsだれにも取られたくないを反復横とび。そんなROMが手に入ったのは、自分の大学時代の軽音サークルの後輩がなかなかいい線いってると、かつて組んでいたバンドのドラムのやつからの縁だった。本気でメジャーデビュー目指してるらしく、小規模ながら地下でライブも打ってるらしい。
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