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パチッ③
「パチッ」
何年もやめていたタバコに火をつけた。一口吸ってみたがいまいちだった。灰皿なんて処分してしまっていたのでシンクで適当に水を浴びせて、箱ごと捨てた。部屋の隅で棒立ちになっているギターを抱えてみる。おまえ、成長してないか?4年間目を背け続けてきたそのボディは、毎日弾いていたあの頃よりも、何倍も重くなっている気がした。夢ってな、叶わないんだよ。気持ちだけじゃ。祈りだけじゃ。小手先だけじゃ。それでも俺がこいつを手放せないのは、……「あああああああっっ!!!!!」俺はチューニングもせず、アンプにも繋がず、めっちゃくちゃなリズムであの頃仲間と弾いていたコピー曲を弾いた。何度も何度も弾いた。テンポは乱れていたが、勉強も単位もそっちのけで必死で叩き込んだコードだけは体が覚えているようで、運指だけは滞りなく淀みなくおさえられた。隣の部屋から壁を殴る音がする。うるさいよ、おれの丸サの邪魔をするな。ちっっっっっせえハコの対バンでも、自分でチケット売ってステージ立ててるバンド、すげえかっこいいよ。部室やスタジオで一度でも言えば良かった。「ライブハウス行こう」って。「失敗しても行こう」って。だけど飲み込んでたんだ。だってギター弾くのがこんなにも楽しい。みんなで弾いてたらあんなにも幸せで。下手くそだったのも恥ずかしくなかった。そのために練習してたんだ。だけど、仲間内だけじゃなく人前に出て、失敗して、ライブをだいなしにしたら、もう二度と同じ気持ちで楽器触れなくなる。それがすごく怖かった。誰にも見られたくない、4人の秘事だった。だってフェスで見られるデカいバンドやワンマン張れるバンドが失敗してるとこなんて、ただの合奏になってるとこなんて見たことなかったから、完璧じゃないとステージなんか立っちゃいけないと思ってた。今日のライブ、ほんと、なんだったんだよ。設備不良か音割れやハウリングはするし、歌詞は何度も飛んでコーラス担当のベースが助け舟出してるし、リーダーのギターボーカルは最後の自己紹介でしっかりポケットからカンペを出して棒読みで読み上げる始末。ひっくり返るくらいグダグダで、あんなんでも、ちゃんと感動させられてしまったんだ。もしかしたら、勇気さえあれば自分達だって……なんて買いかぶりかけて、制止した。俺等にはできなかった、きっと。俺は、一度捨てたタバコの箱をわざわざゴミ箱を漁って拾い上げ、深く、深く吸った。涙目になりながらむせ返って、そのまま泣いた。隣家からの壁ドンも、いつの間にか止んでいた。
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