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sniffing curse ⑤
「…そっか」
こう言われたときどう返すか何回もシミュレーションしてたのに、実際その場面になるとはいともいいえとも言えないものだね。彼の体を引き離すと、その余韻が……私たちの作った世界で一つの香りが、糸を引くように鼻に残った。今日くらい違う香りでいてくれたら今までのいい記憶だけでこの香りを記憶の片隅に取っておけたのにさ、そんな悲しいこと言う日まで変わらない君でいてくれたんだね。その変に誠実なとこ、君らしくてすごく好き。「私、やっぱ香水よくわかんないや。今多分めちゃくちゃ記憶書き込まれてるのに、突然匂いがしなくなった」「涙がかき消してるんだよ。俺も、なんの匂いも感じない」「幸せだった香りは、辛い記憶とはリンクしないようになってるのかな。なんか都合いいね、魔法みたい」「魔法……魔法か。呪いじゃなかったんだな」「呪いになんてなるわけないよ。多分もう一生嗅ぐことないけど、ずっと変わらずいいにおい。初めて嗅いだときからずっとずーっと大好きだよ」たぶん私はもう香水買うことないな。香りなんてこんな都合のいい、子供騙しにひっかかるほどお子様じゃなくなっちゃった。私きっと、大人になるのが早すぎた。いろんなものを諦めるのが早すぎた。彼は私を香水に似てるって言ったけど、私はミドルノートが入ってない不良品だったんだろうな。だけど香水は生き物だから。劣化もするし酸化も進む。死なないうちに生きるしかないんだ。
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