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パチッ③
「パチッ」
どれだけスマホ一台で世界中のすべての音楽を楽しめるようになろうが、俺は必ずCDを買うことを信念にしている。PCからスマホに書き込んで、ディスクをしまってアクリルケースを閉じる。一角だけ不自然に空っぽになった本棚の右上にそっと大事に立てかけた。音楽を捨てたとき、高校で軽音をはじめた時から集めていたCDもEPも全部売り飛ばした。二束三文にもならなくて、やっぱり音楽なんて馬鹿馬鹿しいと改めて思った。あの地下ステージの対バンから4年、俺はあの日のライブ終わりの気持ちをもう思い出したくなくて、二度と現場には行っていなかった。だがついに、中堅のレーベルから声がかかり晴れて悲願だった夢のメジャーデビューを果たした彼らは、インディーズ時代の楽曲を含めた一枚目のフルアルバムをリリースするに至った。40日ほど前に発売告知の報せを例のドラムから受け取って、朝から飛び起きてCD屋に行くと確かに検索端末にヒットするようになっていた。何も考えることなく、無心で予約して帰宅した。アルバムが届いた。キマったジャケットに嫉妬する。こんなときに限ってなかなか剥がれてくれない外装フィルムがもどかしい。読み込みを待ちながら収録曲をざっと見てみると、あのときもらったデモのROMには入っていなかった曲がかなり増えている。ぼーっと天井を見上げながら一曲一曲再生してみる。全曲再生完了して、また部屋に沈黙が帰ってきた。……おかしい。収録されていないのだ。流れてこないのだ。期待していた、あの曲が。あのとき俺が涙までしたあの最高の曲が。メジャーデビュー目指すなら、あの曲を売り出すことは不可欠と思わされるほどよくできた歌だった。どうして、俺は、手がかりが欲しくて歌詞カードを隅々まで探した。すると、裏表紙をめくった最後のページに、ギターボーカルのコメントが載っていた。『大学時代、このバンドを結成した当初から僕らメンバーが一番好きだった曲であり、インディーズ時代本当に多くの方に評価していただいていた楽曲“〇〇”は、メンバー総員との協議の結果、このアルバムには収録せず、今後はライブでも発信しない方向性ですすめていくことになりました。自分で言うのもなんですが、“〇〇”は僕らの最高傑作なのです。文化祭ステージや学校同士の定期演奏会で有名な曲をコピーして演奏していたふつうの部活バンドだった僕たちが、はじめて自分達で作った曲です。人に聴いてもらうためではなく、ただ自分たちが音楽が大好きで、やりたいから書いた曲です。だから正直、ビートも歌詞もめちゃくちゃで、あまりに稚拙すぎて。これから、オーディエンスに届けるための楽曲を書くことを求められていく立場になるうえで、決別しないといけない曲であり、それでいて一番大切にしないといけない曲です。僕たちは音楽が好きです。この気持ちを忘れないために、初心であるこの曲は僕たちの宝物としてしまっておくことに決めました。僕たちのロックンロールがビジネスに搾取されそうになってしまったら、僕らはこっそり3人だけでこの曲をやってます。舵であり、エンジンであり、コンパスであるこの曲からこのバンドが始まったことを、僕たちとほんの一部の方たちだけがずっと忘れてないってことに、いますごくワクワクしています』一番評価していた……いや、そんな高尚なもんじゃなくて、大好きで、大好きで、本当に好きだった。うまくはないのにあの曲だけどうしても俺の心をぐちゃぐちゃに揺さぶったのは、君たちも同じ気持ちだったからなんだな。自分含め、いまやこの世で数人しか一生聴けなくなってしまった曲をもう一度聴きたくて、ROMを再生機に入れた。…「パチッ」音楽が流れ始めた。
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